素ヱコ農園の日々

佐賀県伊万里市で便利になった世の中で、手間のかかるストレスフリーの平飼いで外国産の餌に頼らないこだわりの餌作りを行っています。

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素エコ農園、存続の危機という動画を出した。

 

 

素直

 

素エコ農園、存続の危機という動画を出した。

 

釣りでもなんでもなく、本当だ。

 

創業4年目。

会社のピンチを迎えている。

その理由として、米不足による飼料供給の難しさ、物価高や人件費高騰による経費の圧迫などがある。

 

全て僕の判断が間違っていたなと反省している。

 

というか、ずっとピンチだった。

一年目は、僕の役員報酬ゼロなのに、赤字だった。

2年目は、補助金があってやって黒字だった。

3年目は、補助金があってトントンだった。

 

ここで根本的に、会社の中身を変えていかないといけない。

組織体制も、商品に関しても。

 

平飼い卵は良くも悪くも安定しない。

餌も自分たちで作っているから、尚更そうなってしまう。

 

だから、卵は一定数で、その他の商品で計算して、そこで利益出して、平飼い卵をやっていくという考えだった。

 

これが間違えていたなと。

 

平飼い卵で、もっと安定できるように努力しないといけない。

 

例えば、飼料を保管できる倉庫を作ったり、研究にもっと力を入れたり。

 

そして、ある程度計算できるところで、加工品などに注力すべきだった。

 

そして、僕の在り方を変えないといけない。

 

これまでミスすることよりも、考えて行動して、学んでもらった方が、長期的に見てプラスだと考えて、主体性を持って仕事に取り組んでもらうようにしていた。

(僕がうまく指示出せないというものあったが、いや、こっちの方が大きかったのかもしれない)

 

その結果、みんな自分で考えて行動することをやってくれているが、考えるための経験・知識・モチベーションがまだまだ未発達のため精度が低い。

 

そこを指摘することで、考えるモチベーションを奪ってしまうことが嫌だから、フィードバックできずに、低い精度のまま成長しないというループだった。

 

ここにテコ入れをしていく必要がある。

 

今後は、以下の3つに力を入れていく

 

(1)卵の安定
(2)お菓子の見直し
(3)新商品の開発

 

そして、それを誰かに任せるのではなく、全てに僕が介入していく

 

これができなかったら、潰れる。

 

悲しいけど、それが現実だ。

 

もっとやれると思っている。まだまだ変えれると思っている。

 

地方出身。

地方大学出身。

社会人経験なしで、新卒で農家。

 

こんな平凡で、かつスキルも経験もない、僕が会社を経営するというのは、普通に考えたら難しい。

 

だからこそ、やる意味があるし、社会に希望を与えれると思う。

 

変えるべき分がたくさんあることが希望だ。

コツコツやっていきます。

とにかく手足を動かします。

 

7月も終わる。生の短さについて

気づけば7月ももう終わりに近づいている。

 

もう7月も終わりかと思うと、ゾッとする。

 

一体、この7月に何を成し得たのだろうか?と

 

何も成せずに、時間が刻々一刻と過ぎていく感覚がある時に、この本の存在が頭に浮かんだ。

 

生の短さについて、セネカ

 

ルキウス・アンナエウス・セネカラテン語Lucius Annaeus Seneca紀元前1年頃 - 65年4月)は、ユリウス=クラウディウス朝時代のローマ帝国政治家哲学者詩人

父親の大セネカマルクス・アンナエウス・セネカ)と区別するためセネカ(Seneca minor)とも呼ばれる。第5代ローマ皇帝ネロの幼少期の家庭教師としても知られ、またネロの治世初期にはブレーンとして彼を支えた。古代ローマ時代のストア派哲学者でもあり、またラテン文学の白銀期に多くの悲劇・著作を記したことでも知られる。(wikipedia)

 

人生は短いのではなく、私たちが無駄にしているのだ

 

今月が短かったのではない。僕が無駄にしたのだ。僕が何もなしえなかったのだ。

時間は十分にあった。

 

もっと本読めたし、もっと体を鍛えれたはず。

おそらく毎日1〜2時間ぐらいは浪費している時間がある。

 

事のために時間を使っていかないと、終わっていく。

 

8月はどうしたいか?

 

8月は子供が生まれる。3人目だ。娘。

娘にとって、かっこいい父になりたい。

 

かっこいい父とは何か、優しくて、守ってくれて、かつ、自分の人生を生きている人だ。

 

8月は100キロ走る。ベンチプレス100キロ上げる。10冊本を読む。

 

そして、過去最高の業績を出す。sueco史上。

 

毎日、毎日、自分史上最高の日を更新したい。せっかく生きているから。

 

事務所の入り口に置いてある

 

ぜひ、読んでほしい。

僕も8月にもう一回読む。

 

毎日毎日試されている。

 

どう生きるか?

 

五体満足に生まれたわけだし。

この何不自由がない日本に生まれたわけだし。

あらゆるものが便利になった日本に生まれたわけだし

 

言い訳せずにやる。

 

 

 

 

 

 

走ること


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10キロ走ったテンションでブログを書こうと思った。

 

でも、何も考えてない。

 

考えるより、行動したがいいと誰かが言っていた

 

だから、ブログの内容を考えるよりも先に、書いてみることにした。

 

10キロ走ることはやはり、自分にとってはかなり良い行動の一つだと感じる。

 

前提、走るのは苦手だ。

疲れるし、足が痛くなるし、今の時期は滝のような汗をかく。

 

僕は会社の経営もやってるし、二児の父でもあるから、時間がない。

 

暇があったら、仕事したいし、暇があったら、小さい息子たちとの時間を作りたい。

 

ランニングは時間がかかる。

 

10キロ走ると、1時間以上は費やすことになる。

 

正直、これはかなり痛い。

 

それを差し引いても、なるべく走る時間を作りたいなというのが、今の所感。

 

というか、何なら毎朝10キロ走りたいとすら、思っている。

 

なぜなら、走ることで頭も気持ちも整理されるから

 

日々の仕事もプライベートもまだまだ安定しておらず、色んなことを考えてしまう。

 

毎日パンク寸前になる。

 

でも、走ると自然とそれらが整理され、やるべきことが見えてくる。

 

だから、僕は走るときは、なるべく音楽を聴いたりはしない。

 

ただただ無心で走ることだけに集中する。

 

でも、不思議と色んなことを考えており、勝手に仕事が完了している。

 

さらに、メンタルにも強い影響を及ぼす。

 

10キロ走るというのは、僕にとってかなりのハードルであり、毎回死にそうになる。

 

だからこそ、すごくポジティブで前向きな声かけが自分の内から湧き上がってくる。

 

誰からも強制されてないし、誰からも頼まれてないのに、勝手に自分自身をきつい方に追いやっている。

 

その事実が自分自身を律してくれる。

 

ランニングしているときは、結構意志力が鍛えられ、自分で自分を律するようになる。

 

つらつらと書いたが、要は走るのはとても良いということ。

 

毎日走る。

そしたら、すべて上手く行きそうな気がする。

 

走りたくないし、足も痛いし、暑い。

 

だけど、やる。

むしろ、だからいいよね、って思う。

AIエージェントを触ってみて

Chat GTPのエージェント機能はもう触ってみただろうか?

これはものすごい。

 

これまでの生成AIは高い精度で文章や音楽や動画などを生成してくれるものだった。

 

この機能を使って、仕事で使うときに、GASのコードやWEBページのコードなどの提案をもたらうために使っていて、もはや知識なんていらないなって感じがしていた。

 

でも、このエージェント機能はもっと踏み込んで、実際にwebページを操作してくれる。

 

例えば、ホームページの改修だったり、webサイトのステップ配信を組んでみたり、スプレットシートを動かしてくれたり、、、

 

capcutで動画編集もできた。

 

まだ、人よりも性能が落ちる部分はあった。

 

かなりのクオリティで、かつ、複数のタスクを同時にこなしてくれて、びっくりした。

 

近い将来、IT系や事務の人は本当にいなくなるんだろうなって確信した。

 

いや、もうすでにそうなってるのかもしれない。

 

マイクロソフトなど大手テック企業は、どんどん人員を削減しているし、なんなら、IT系では、新卒採用していないっていう話を聞く。

 

時代が大きく変わってきている。

 

そういえば、最近、コテンラジオで科学技術の歴史を聞いている。

www.youtube.com

 

科学と技術が、世界をどう変えてきたのか?

 

以前は、科学と技術は全く別物だったらしい。

 

 


古代ギリシャなどでは、科学は「テオリア(理論的考察)」と呼ばれる自由市民の暇な時間の遊びのようなものであり、知的な考察が中心でした
 

一方、技術は奴隷や職人の手による実践的な労働とみなされ、科学よりも一段低い社会的地位にありました。例えば、車輪や建築の技術は存在しましたが、その原理が科学的に解明されていなくても、経験則に基づいて使われていました。
 
ヨーロッパの伝統的な教育では、「リベラル・アーツ(自由七科)」が大学で教えられる科学的な科目だったのに対し、「メカニカル・アーツ(機械技術)」は大学ではない学校で教えられ、対立する概念として存在していました
 
だから、東京大学工学部ができたことが異例だったらしい。
 
この中で、再三言われていたことは、
 
科学技術の進化に対し、社会がそれを完全に争い、止めることは極めて困難であり、むしろその流れにどう向き合うかが問われています。また、科学技術との付き合い方については、その本質を理解し、倫理的な側面を考慮した上で、多角的な視点からアプローチすることが重要であるということだ。
 
例えば、産業革命時に、ジョン・ケイの飛び杼やジェニー紡績機などの発明は、多くの手工業者の職を奪ったので、激しい反発を受け、暴動や機械の破壊活動(ラッダイト運動など)が起こりました。
 
工場も燃やされることがありましたが、それでも技術の進歩は止まりませんでした。
 
スマン帝国のバヤズィト2世がアラビア語の印刷を禁止したり、ロシアのニコライ1世が工場機械化による指導力低下を恐れて産業博覧会を禁止したり、日本の徳川吉宗が「新規御法度」という新しいこと全般を禁じる法律を出したりするなど、権力者や既得権益層は社会秩序の安定を脅かすイノベーションを否定しようとしました。
 
しかし、これらの試みも、技術の伝播や外部からの圧力(例:黒船来航による日本の開国)によって、最終的には覆されています。
 
つまり、どんだけ抵抗しても、最終的には科学技術は人々の社会を変えていきます。
 
AIという技術は、おそらくどんだけ失業者が出ても、どんだけ社会が変わっても、これから侵食していく。
 
だから、どう正しく使うか?ってことが問われている。
 
原子爆弾を開発し、使用した歴史があるように、科学技術が必ずしも恩恵になるわけではない。でも、それが世界を変える。
 
そういう意識でやっていきたい。
 
 
僕たちは、田舎に暮らしていて、人口がどんどん減って、大変な時だからこそ、こういうったあらゆる技術はテーブルに載せたいなって思う。

夏祭りでナンパした話

伊万里の人気の定食屋さんの店長が夏祭りに出店されていた。


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ずっと話してみたかったので、声をかけて連絡先交換した。

 

そして、食事に誘った。

 

その3日後に食事に行くことにした。

 

昨日がその日だった。

 

すごく刺激になった。

 

そのお店は100人以上毎日来てるお店だ。

しかも、お昼しか営業していない。

 

伊万里という田舎の地区で、その数はすごいなと思う。

 

でも、最初の数年は月の売上が数十万とかで、全く人が来なかったらしい。

 

そこから少しずつ少しずつ改善し続けて今のお店になったと。

 

毎日、メニューの発信と想いの発信をされ

毎日スタッフさんとの信頼を積み重ねて

色んなとこに勉強にいき

小さく試して

 

そういう地味な努力を積み重ねられてきて、今のお店があるんだなと感心した。

 

そして、同時に勇気がもらえた。 

地道な努力と情熱があれば、伊万里でもこんなに人が来るお店作れるんだなと。

 

何が良いか分からないから、とにかく行動し続けて、そこで学んだことを次に活かすしか無いと言われていた。

 

本当にそのとおりだなと思う。

 

なんか、今回食事をさせてもらって、すごく刺激になった。

 

うまく話せない部分や書けないこともあるのだが、とにかく熱がすごかった。

 

頭のネジが外れてた。

 

襟を正された感じがしました。

 

日々やれることって小さくて地味なことだ。

 

でも、それを積み重ねるしかない。

 

凡事徹底

 

 

ランニングと凡事徹底

久々に走った。


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なぜ、走ろうと思ったか?

 

疲れていたから。

 

連日朝6時から地区の草刈があり、仕事は仕事でまあまあ忙しく、肉体的にも精神的にも疲労が溜まっている感覚があった。

 

だから、走った。

 

かなり良かった。

 

頭の中がスッキリとし、ポジティブな気持ちになった。

また、肉体的な疲労も緩和したような気がする。

 

最近は懸垂やペンチプレスなどのパワー系の運動が多かったが、走るということはかなり僕にとって大事な習慣なのかもしれない。

 

今回はあえて、音楽も聴かず、集中して走った。

 

走りながら、なぜか度も頭に出てきた言葉がある。

 

「凡事徹底」という言葉だ。

 

高校野球のときに出会った気がする。

 

僕はこの言葉が好きだ。

 

それは僕が凡人だからだろう。

 

田舎生まれ田舎育ち

学歴も地方の国公立という普通の凡人

とくに目立った才能も持ってない。

 

そんな僕でも、凡事を積み重ねて行けば、何かつかめるという言葉がとても、勇気をくれて励ましてくれる。

 

希望があり、とても優しい言葉だから。

 

一時期、これをずっと意識して、毎日一冊本を読んでいた。毎日10キロ走っていた。毎日ブログを書いていた。

 

本を読むことも、ブログを書くことも、走ることも誰でもできること。でも、その誰でもできることを淡々とやり続けられる人はそういない。

 

凡事徹底

 

ランニングをしながら、その言葉が僕の頭に何度も反芻されたというのは今の僕に必要な言葉なのかもしれない。

 

確かに、凡事徹底出来てない。

凡人の僕がそれで何かを成してるだろうか?

 

いや

 

とりあえず早起きすること、走ること、発進すること、これらは誰でもできるし、みんなやってる。

でも、だからこそ、そのに真面目に向き合ってやっていく。

 

凡事徹底。

おそらくここ数日のキーワードになりそう。

 

走れてよかった。

空腹を我慢し続ける

「さとしさん、ってめちゃくちゃ元気ですよね?」

 

チームのメンバーからそう言われて嬉しかった。

なぜなら、そこは気を配っていることだから。

 

健全な精神は健全な肉体に宿るという言葉があるように、とにかく体が自分を構成するあらゆるものを司っていると思う。

 

眠っていなかったら、イライラして、他人に八つ当たりしたくなる。

体が痛い時は、心もどこか不調だ。

 

だから、僕は健康には特に気を遣っている。

 

睡眠時間を必ず確保するようにしているし、運動も必ず毎日やっている。

 

健康に全然寄与しないと思うが、今、一日一食生活をしている。

3日目が過ぎた。

 

一日一食生活している理由は特にない。

 

強いて言うなら、実験だ。

 

人類の歴史は7万年以上あると言われれている。

 

人類が食えるようになったのは、せいぜいここ100年の話。

 

それまではずっと潤沢な食い物がなく、飢との戦いだった。

もし、満腹でなければ、力が出ないのなら、人類はここまで繁栄していないだろう。

 

空腹の時ほど、獲物を取るために、よりクリエイティブになるのではないかな?と思う。

獲物を捕まえるために、必死になるから。

 

そういう文献はどこにもないし、あったとしても、無作為に選ばれている可能性は低そうだ。

 

もっと集中したいし、もっとクリエイティブになりたい。

だから、空腹でいようと思った。

 

 

あまり、理解されてないと思う。

でも、僕は空腹でいることはとても辛いし、キツくなるけど、やったほうがいいなと思うし、これからもやり続ける。

 

ストレスに晒すこと。

 

僕はこれがすごく大事だと思う。

 

冷水シャワーを浴びることとか、空腹でいることとか、運動をするとか。

 

体がそれに慣れていくし、確実に強くなっていくはずだ。

 

ストレスって大事だとと思った。

 

ストレスがなかったら、なかったで、仕事がなくなり家でゴロゴロして生き甲斐がないような人が現れる可能性があるなと思った。

 

だから、ある程度ストレスを自分にかけまくる。

 

これからも積極的に自分でストレスを作ったり、ストレスにぶつかりに行きたい。