80歳のおじいちゃんが「格好つけて生きたい」と言った日、僕は泣きそうになった
> 【まとめ】パーキンソン病を患う80歳の恩人が語った「無理することの価値」と「格好つけて生きる哲学」が、父の病気と親友の死を経験した29歳の養鶏家の死生観を揺さぶった記録。
毎年100万円を寄付し続ける80歳が言った。「無理するなよ、は楽なんだよ。でも俺は違う。」その言葉が、胸の奥に刺さって抜けない。
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> この記事では、死を意識することが人をどう変えるかについて、80歳の恩人との再会と、父の病気・親友の死という個人的な喪失体験を軸に掘り下げます。結論は「格好つけて生きることが、命を燃やす唯一の方法だ」です。
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## 「無理するな」は優しい言葉じゃない
素ヱコ農園が5年目に入った。
創業当初からずっと気にかけてくれていた80歳のおじいさんが、久しぶりにうちの農園を訪ねてきてくれた。最近は疎遠になっていた。僕も仕事に追われていたし、向こうも忙しい人だった。
でも、向こうから来てくれた。
パーキンソン病を患っているという話を聞いた時、なんとなく察した。終わりが近くなると、人は会いたい人に会いに行くのだと思う。
その方は、伊万里の病院の先生だ。地元にとどまらず、福岡や海外にもクリニックを開いてきた、むちゃくちゃエネルギッシュな人物だ。創業した当初、まだ何もなかった僕に「夢が大事だぞ」「農業で食っていくのは大変だけどな」と言いながら、3日に1回会って話を聞いてくれていた。
その人が、80歳になった今も、毎年100万円を障害者支援施設に寄付し続けているという。
「去年も100万円寄付したら、向こうが涙流して喜んでくれてね。でも『無理しないでください』って言われたんだよ」
そこで彼は首を振った。
「俺は違うと思った。これは無理しないとダメなんだよ」
**無理することが、頑張るということだ。**
年金をもらいながら、80歳の体で、100万円を捻出する。それは客観的に見て「無理」だ。でも彼は言う。無理するから若々しくいられる。この100万円を寄付するという「格好つけるための目標」があるから、きつい体を動かせる。無理することをやめた瞬間、人は老いるのだと。
「俺はもう80やけど、格好つけて生きたいんだよ」
この言葉が、ずっと頭から離れない。
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## 死を意識した時、スイッチが入った
彼はこんなことも言っていた。
「人間は死を意識しないとダメだ。死を意識することで強くなる」
その言葉は、僕の中にすでにある何かと共鳴した。
親友を2人、亡くしている。
どちらも突然だった。昨日まで普通に話していた人間が、ある日いなくなる。その喪失の痛みの中で、僕は初めて「命が有限だ」ということを体ではなく、骨の髄で理解した。頭では知っていた。でも、知っていることと、感じることは全然違う。
親友を失ってから、スイッチが入った。もう1回やっていこう。やれることをやり切ろう。そう思った。
そして今も、父が3年近く寝込んでいる。
あんなに元気だった人が、ある日突然倒れた。仕事ができなくなった。喋れなくなった。いつどうなるかわからない状態が、ずっと続いている。
命というのは、本当にいつどうなるかわからない。
むちゃくちゃ元気だった人が、ある朝突然、全く違う人生を生きることになる。それを目の当たりにしてきた。だから、今日という日を使い切ることへの執着が、僕の中には人より少し強くあるかもしれない。
以前、知覧の特攻隊員たちの手紙を読んだことがある。20代の若者が、お母さんに手紙を書いて、死にに行く。「僕らが犠牲になることで、次の日本を平和にしたい」と書いていた。
**僕らは、そういう無数のバトンの上に立っている。**
命を燃やして次に繋いでくれた人たちの上に、今の僕がいる。そう思うと、この命の重さが変わる。受け取ったバトンを、どう次に繋ぐか。どう燃やすか。それを考えないで生きることは、なんか、できない気がする。
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## 格好つけて生きることが、農業の理由になっている
「格好つけて生きたい」という言葉を、最初は少し意外に感じた。
80歳のおじいさんが言う言葉として、もっと枯れた悟りみたいなものを想像していたからかもしれない。でも考えてみると、これは最も力強い生き方の哲学だと思う。
格好つけるというのは、見栄を張ることじゃない。「こうありたい」という理想を持ち続けることだ。美学を持つことだ。その美学のために、無理をすることだ。
僕が平飼い養鶏をやっている理由も、突き詰めるとそこに行き着く気がする。
土地なし、金なし、経験なし。祖母の末子ばあちゃんが一人で営んでいた耕作放棄地から始めた。クラウドファンディングで1,100万円を集めて、鶏舎を手作りで作った。[廃棄予定だったにんじん100キロを鶏の餌にする](https://saga-nouka.com/entry/2022/03/22/222353)ような、泥臭い循環を積み上げてきた。
なぜそこまでするのか、と聞かれることがある。
答えは、格好つけたいからだと思う。
衰退していく田舎で、捨てられていく地域の資源を活かして、地球にも動物にも人にも優しい農業をやる。それが「格好いい」と思っているから、やっている。お金の話をするより、生き方の話をするメンターたちに囲まれてきたから、自然とそういう価値観になっていった。
[豆腐屋のトラックを追いかけた29歳の告白](https://saga-nouka.com/entry/2026/03/10/210722)でも書いたが、廃棄されるおからを拾いに行くことを、恥ずかしいとは思わなかった。むしろ、それが格好いいと思っていた。循環させることの美学が、そこにあったから。
自分だけが幸せになることより、いろんな人に与えられる人間になりたい。恩返しをしたい。田舎を元気にしたい。そういう気持ちの根っこには、きっと「格好つけて生きたい」という衝動がある。
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## 格好よく死ぬために、今日を生きる
素ヱコ農園は5年目に入った。まだボロボロの船だ。この先どうなるかは、正直わからない。
でも、1つだけわかっていることがある。
**生きているうちは、とにかく人にいいことをしたい。格好つけて生きたい。そして、格好よく死にたい。**
80歳のおじいさんが、パーキンソン病を患いながら、それでも100万円を寄付するために今日も体を動かしている。夢を持て、ロマンを持て、念ずることが大事だ、と僕に伝えに来てくれた。
その人が若い頃に積み上げてきたものが、今の僕への言葉になっている。
僕も、いつかそういうバトンを誰かに渡せる人間になりたい。
受け取った命を、燃やし切って、次に繋ぐ。それだけだ。
格好つけることは、弱さじゃない。格好つけることが、人を強くする。80歳のおじいさんが、それを体で証明してくれた。
レールを降りた先に何があるかは、降りてみないとわからない。でも少なくとも、格好つけて生きようとしている人間が、ここにいる。それだけで、悪くない景色だと思っている。
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### よくある質問
**Q. 平飼い養鶏を始めるのに、どれくらいの資金が必要ですか?**
A. 素ヱコ農園はクラウドファンディングで累計1,100万円を調達し、耕作放棄地の鶏舎を手作りで改修してスタートしました。初期費用は規模や設備によって大きく異なりますが、「土地なし・金なし・経験なし」でもゼロから始められることは、実際に証明されています。
**Q. 田舎での起業は、精神的に孤独になりませんか?**
A. 孤独を感じる瞬間はあります。ただ、今回の記事で書いたように、地域の先輩や恩人との繋がりが精神的な支えになっています。お金の話より生き方の話をしてくれるメンターの存在が、田舎起業の現実を支えています。
**Q. 「格好つけて生きる」という哲学は、経営にどう活きていますか?**
A. 利益だけを追うなら、もっと効率的な選択肢はたくさんあります。でも「地球にも動物にも人にも優しい農業をやる」という美学があるから、泥臭い循環型農業を続けられます。格好つけることが、長期的な経営の軸になっていると感じています。
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🐔 素ヱコ農園の「ばあちゃんの昔ながらのたまご」はこちら
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