佐賀農家の日々

佐賀県伊万里市で便利になった世の中で、手間のかかるストレスフリーの平飼いで外国産の餌に頼らないこだわりの餌作りを行っています。

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役員報酬0円、年収100万円。それでも会社を作った25歳の話

> 【まとめ】25歳で大企業の内定を蹴り、年収100万円・役員報酬0円で会社を立ち上げた佐賀の養鶏家が、その決断の根っこにあった「おばあちゃんへの思い」と「田舎への覚悟」を語る。 朝5時、鶏舎に向かいながら、ふと4年前の自分を思い出すことがある。役員報酬0円。年収100万円。「会社の作り方」をGoogleで検索していた25歳の自分を。 --- > この記事では、25歳で会社を立ち上げた素ヱコ農園代表・松本啓が、大企業内定を蹴った理由と起業の泥臭い現実について語ります。結論は「思いだけで始めた、それだけだ」です。 --- 今は2026年3月。素ヱコ農園が株式会社になって、ちょうど4年が経った。 2月や3月になると、僕は毎年少し感慨深くなる。春の雨が続く佐賀の田舎で、あの頃の重さを思い出す。華々しい起業ストーリーじゃない。泥船で沖に漕ぎ出した話だ。 --- ## おばあちゃんがいたから、田舎にいたかった 僕は中学・高校の6年間、祖母・末子ばあちゃんと二人で暮らした。 ばあちゃんは口数が少なくて、でも優しくて、僕が帰ると必ずご飯が用意してあった。高校進学のとき、外に出るという選択肢もあった。でも、ばあちゃんと一緒にいたかった。それだけで田舎に残ることを選んだ。 だから今の会社名は「素ヱコ農園」だ。「素ヱコ」はばあちゃんの名前から取っている。大げさな理念じゃない。一緒に暮らしてくれたばあちゃんへの、ただそれだけの感謝だ。 大学を卒業するとき、周りはみんな東京や福岡に出ていった。大企業の内定を持って、年収の高いところへ。それが正解のレールだった。僕にも大企業の内定はあった。でも、蹴った。 理由は単純だ。田舎でやりたかった。ばあちゃんのそばにいたかった。それだけだ。 --- ## 農業では食えないと気づいた日、養鶏が始まった 就農してすぐ、現実が見えた。 ばあちゃんは長年、水菜と米を作っていた。何十年もかけて作り上げた農業だ。でも、ばあちゃんが生活できているのは年金があるからだった。農業の収入だけで言えば、月に数百円の世界だ。これを一緒にやったところで、僕には暮らしていけない。正直、絶望に近かった。 でも、そこで諦めるという選択肢は、なかった。 衰退していく田舎を目の前にして、何かやらないといけないという焦りが先にあった。田んぼが耕作放棄されていく。店が閉まっていく。若者が出ていく。年々、じわじわと消えていく景色を見ながら、「でも仕方ない」とは思えなかった。 歴史が好きな僕は、昔の若者たちのことをよく考えていた。血気盛んで、社会を変えようと燃えていた人たちのことを。翻って今の僕らはどうか。冷めていないか。「どうせ」と諦めていないか。 そんな問いを抱えながら、たどり着いたのが平飼い養鶏だった。 鶏は雑食だ。農園の余剰物も食べる。環境負荷を下げながら、質の高い卵を作れる。衰退していく田舎でやる意味がある農業だと感じた。養鶏農家に1週間研修させてもらい、耕作放棄された金柑畑のハウスを手作りで改修し、鶏を飼い始めた。 ゼロからだった。土地なし、金なし、経験なし。本当に何もなかった。 --- ## 「一緒に働きたい」という言葉の重さ 養鶏を始めて2年が経った頃、卵の味が安定してきた。「これなら売れる」という手応えが出てきた。 そのタイミングで、友人が言ってくれた。「面白そうだし、一緒に働きたい」と。 その言葉が、どれだけ重かったか。 僕は田舎を衰退から救いたかった。でも、一人でできることには限界がある。田舎を変えるには仕事を作らないといけない。仕事を作るには、若い人たちが田舎で元気に働ける環境を作らないといけない。それが僕の中にずっとあった問いだった。 だから、その言葉は単なる嬉しさじゃなかった。責任の重さだった。 当時の僕の年収は100万円だった。アルバイトで生計を立てながら、農業をやっていた。そんな状態で人を雇えるわけがない。頭では分かっていた。でも、「一緒にやりたい」という気持ちも本物だった。 悩んで、当時アルバイトでお世話になっていた社長に相談した。「彼を一緒に雇ってもらえないか」と。情けない話だと思う。でも、それが当時の精一杯だった。 その社長に言われた言葉が、今でも刺さっている。 「誰の顔を見て働けばいいか分からないじゃないか。彼は松本君と一緒に働きたいって言ってるんだから、君が頑張らないとダメだよ」 その通りだった。覚悟が足りなかっただけだ。 --- ## 役員報酬0円。泥船で沖に出た日 2022年、25歳。会社を作ることにした。 会社の作り方は知らなかった。「会社 設立 方法」で検索した。freeeの会社設立サービスが出てきて、言われるままに情報を入力した。公証役場、法務局、税務署。聞いたことのない場所ばかりだった。でも、言われた通りに書類を出し、言われた通りにお金を振り込んでいったら、会社ができた。 両親に頭を下げてお金を借りた。100万円で株式会社を立ち上げた。 役員報酬は0円にした。従業員に給料を払う余裕はあっても、自分への報酬を設定する余裕はなかった。そうしないと数字が回らなかった。 社会人経験なし。人の下で働いたことなし。給料が払えないから役員報酬0円。お金もない、経験もない、余裕もない。どこから見ても泥船だった。 それでも、思いだけはあった。田舎を何とかしたい。若者が田舎で元気に生きていける場所を作りたい。その思いだけで始めた。それだけだ。 以前[学習し続けるチームにしたい](https://saga-nouka.com/entry/2025/07/04/064846)という記事でも書いたが、僕は自分のことを大胆だと思ったことは一度もない。ただ、学びながら前に進んでいただけだ。あの頃も同じだった。分からないことだらけで、でも、止まる理由もなかった。 友人が正式に入ってくれたのは2022年の4月。会社ができてから2ヶ月後のことだ。 田舎を盛り上げる本当の第一歩だと思った。泥臭い、情けない、でも本物の第一歩だった。 --- ばあちゃんは喜んでくれた。 「あさとし、一緒に暮らしてくれるんだね」と言って、笑ってくれた。 それで十分だった。 --- **思いだけで始めた。それだけだ。でも、その「だけ」が一番重かった。** --- あれから4年が経った。鶏は2,000羽になった。卵はミシュラン三つ星のレストランに届くようになった。クラウドファンディングで累計1,100万円を集めた。 でも、あの役員報酬0円の朝から地続きに、今がある。 レールを降りた先に、ちゃんと景色があった。美化するつもりはない。泥だらけの景色だ。でも、悪くない。 この4年間をどう生き延びてきたか。それはまた次の話で。 --- ### よくある質問 **Q. 農業で起業するのにいくら必要ですか?** A. 僕の場合、会社設立の資本金として両親から100万円を借りました。ただし、その前の養鶏場の整備や鶏の購入費用は別途かかっています。クラウドファンディングも活用し、累計1,100万円を調達しました。初期費用は規模や業態によって大きく異なりますが、「お金がないからできない」は必ずしも正しくないと思っています。 **Q. 大企業の内定を蹴って後悔しませんでしたか?** A. 正直、後悔する暇がなかったというのが本音です。目の前のことをやるだけで精一杯でした。今振り返っても、あの選択は間違っていなかったと思います。ただ、誰にでも勧めるつもりはありません。覚悟がなければ続かない道です。 **Q. 田舎で起業しても若者は集まりますか?** A. 集まります。ただし、「仕事があること」と「その仕事に意味があること」の両方が必要だと感じています。うちに来てくれた最初の仲間も、給料の高さじゃなく「一緒にやりたい」という気持ちで来てくれました。詳しくは[新しいメンバーとの面談](https://saga-nouka.com/entry/2024/08/27/224307)も読んでみてください。 --- 🐔 素ヱコ農園の「ばあちゃんの昔ながらのたまご」はこちら → https://suecofarm.com?utm_source=note&utm_medium=blog&utm_campaign=suecoradio 📻 ポッドキャストで毎日の裏側を配信中 → https://www.spreaker.com/show/6886334?utm_source=note&utm_medium=blog&utm_campaign=suecoradio 💬 LINE登録で裏話が届きます → https://lin.ee/otoWN5v?utm_source=note&utm_medium=blog&utm_campaign=suecoradio